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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)2748号 判決

昭和四二年(ワ)第二七四八号(甲事件)原告 橘秀一

昭和四二年(ワ)第二七四八号(甲事件)被告 宮内俊和 ほか三名

昭和四六年(行ウ)第五六号(乙事件)原告 宮内俊和

昭和四六年(行ウ)第五六号(乙事件)被告 大阪府知事

被告補助参加人 橘秀一

主文

一  甲事件原告に対し、

1  甲事件被告谷口末夫は別紙物件目録記載の(一)の土地を明渡し、かつ金二四〇円と昭和四二年九月一日から右明渡済に至るまで年額金三八四二円の割合による金員を支払え。

2  甲事件被告宮内俊和は同目録記載の(二)の土地を明渡し、かつ金一七一円と右同日から右明渡済に至るまで年額金二七四四円の割合による金員を支払え。

3  甲事件被告裏野弁蔵は同目録記載の(一)、(三)の土地を明渡し、かつ金二九二円と右同日から右明渡済に至るまで年額金四六八一円の割合による金員を支払え。

4  甲事件被告龍華土建工業株式会社は同目録(三)の土地を明渡し、かつ金五二円と右同日から右明渡済に至るまで年額金八三八円の割合による金員を支払え。

二  甲事件原告のその余の請求を棄却する。

三  乙事件原告の請求を棄却する。

四  訴訟費用は甲事件について生じたものを五分し、その一を甲事件原告のその四を甲事件被告らの各負担とし、乙事件について生じたものを乙事件原告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り甲事件原告において甲事件被告谷口末夫のため金三〇万円、同官内俊和のため金二〇万円、同裏野弁蔵のため金四〇万円、同龍華土建工業株式会社のため金一〇万円の担保を供するときは、それぞれ仮に執行することができる。

事実

第一  当事者双方の申立て

一  甲事件について

甲事件原告(以下原告という。)は、「原告に対し、甲事件被告(以下被告という。)谷口は別紙物件目録記載の(一)の土地を明渡し、かつ金五七九万八二〇〇円と昭和四八年四月一日から右明渡済に至るまで一か月金一七万一九〇〇円の割合による金員を支払え。被告宮内は同(二)の土地を明渡し、かつ金八三二万四二〇〇円と右同日から右明渡済に至るまで一か月金二四万四〇〇〇円の割合による金員を支払え、被告裏野は同(一)、(三)の土地を明渡し、かつ金八三四万一六〇〇円と右同日から右明渡済に至るまで一か月金二四万六五〇〇円の割合による金員を支払え。被告会社は同(三)の土地を朋渡し、かつ金二五四万三四〇〇円と右同日から右明渡済に至るまで一か月金七万四六〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決及び仮執行の宜言を求めた。

被告等は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二  乙事件について

乙事件原告(以下被告宮内という。)は、「乙事件被告(以下被告知事という)が昭和四二年四月二八日付でした別紙物件目録記載の(二)の土地についての賃貸借契約解除の許可処分を取消す。訴訟費用は被告知事の負担とする。」との判決を求めた。

被告知事は、「被告宮内の請求を棄却する。訴訟費用は被告宮内の負担とする。」との判決を求めた。

第二  甲事件の請求原因〈省略〉

第三  甲事件の請求原因に対する答弁及び抗弁〈省略〉

第四  甲事件の抗弁に対する認否〈省略〉

第五  乙事件の請求原因〈省略〉

第六  乙事件の請求原因に対する答弁及び主張〈省略〉

第七  証拠関係〈省略〉

理由

第一甲事件について

一  原告が本件(一)、(二)の土地を所有し、(一)の土地を被告谷口に、(二)の土地を被告宮内にそれぞれ賃貸していたこと、原告が右賃貸借を解除するについて、農地法第二〇条により昭和四二年四月二八日大阪府知事の許可を得た上、右被告両名に対し内容証明郵便によつて賃貸借解除の意思表示をし、右郵便は被告口には同年五月二〇日、被告宮内には同月二四日にそれぞれ到達したことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の解除理由の有無について検討するにまず、昭和二九年二、三月頃被告谷口が(一)の土地の、被告宮内が(二)の土地の一部である(三)の土地の各賃借権を被告裏野に譲渡したことは当事者間に争いがない。

被告等は右各賃借権の譲渡については、原告ないし原告に代つて本件土地を管理していた原告の父橘源次郎の明示の承諾があつたと主張する。しかし、(一)の土地については、〈証拠省略〉によると、原告の父源次郎は被告谷口の依頼を受けた野口庄司から、(一)の土地を被告裏野に耕作させてやつてほしいとの申出を受けたが、昭和二九年四、五月頃これを断つたことが認められる。また(三)の土地についても、〈証拠省略〉からすると、被告裏野は昭和二八年一二月頃自己が経営する被告会社の用地として、(二)の土地の東側約六〇坪を買受けるため、昭和二九年二月頃野口庄司、浅田徳三郎を通じて原告と被告宮内に対する折衝を始める一方、被告宮内に対し耕作権放棄の対価として金一〇万円を支払い、原告源次郎、被告宮内、野口等の立会の下に該部分に杭を打つて土地の範囲を決めたが(これが(三)の土地である。)、その後原告との値段の交渉が行詰り、結局売買成立に至らなかつたこと、ところが被告裏野は原告の反対を無視して(三)の土地に地盛りをして使用を始め、被告宮内も右使用をとがめずにいたことが認められるのであつて、右の経過からすると、原告は賃借権の譲渡を承諾していないことが明らかである。

被告等は更に、原告の黙示の承諾があつたとも主張するが、〈証拠省略〉によると、原告は昭和二九年度分以降(一)、(二)の土地の賃料の受領を拒否しているのみならず、昭和三二年九月には弁護士に依頼して布施簡易裁判所から被告等に対する本件土地の現状維持の仮処分決定を得てその執行をしていることが認められるから、原告が被告裏野の(一)、(三)の土地の使用に対して何等異議を述べなかつたということはできない。また〈証拠省略〉によれば、地元龍華農協に保管されている被告谷口、同宮内、同裏野の農家台帳には、本件賃借権譲渡に伴う耕作地の異動状況が記載されており、同農協では右台帳の記載に従つて供出米の割当を決めていることが認められるが、〈証拠省略〉によると、右記載は正規の手続によつてなされたものとはいいがたく、右記載があること、あるいは供出米割当の事実をもつてしても、賃借権譲渡についての原告の黙示の承諾を推測させるに足りないというべきである。

三  次に、本件土地の耕作放棄の有無について考える。(三)の土地が賃借権の譲渡直後に地盛りされたことは前叙のとおりであり、〈証拠省略〉によると、(一)の土地と(二)の土地の残余部分は昭和三四年頃までは従前と同様耕作されていたが、昭和三五年頃から昭和四一、二年頃までは耕作されることなく放置されていたため、雑草が生え茂り、荒れるに任せるような状態であつたことが認められる。被告宮内本人は、自分が耕作しなかつたのは昭和三九年と四〇年度の二年間のみであると供述しているが、右証拠に照らして採用しがたい。もつとも、〈証拠省略〉によれば、昭和三四、五年頃本件土地の周辺の養鶏場の飼料を餌にするねずみが異常に繁殖して付近の田畑をも荒らし始め、稲の収穫ができなかつたことがあり、そのことが本件土地の耕作を止める一因となつたことが認められるけれども、その一事をもつて数年間にわたる耕作の中止が不可抗力に基づくものとはいいがたい。

四  右認定の事実によれば、被告谷口が(一)の土地の、被告宮内が(二)の土地の一部であるにせよその約三分の一に当る(三)の土地の各賃借権を原告に無断で譲渡したことは、原告の信頼を著しく損うものであり、更に、右譲渡対象外である(二)の土地の残余部分を含めて本件土地が正当な理由もなく数年間耕作されずに放置されていたことは、賃借人の管理義務に違反するというべきであつて、これ等の行為は農地法第二〇条第二項第一号にいう「賃借人が信義に反した行為をした場合」に該当すると解される。従つて、大阪府知事が原告の申請に基づき本件各賃貸借の解除についてした許可処分は何等違法でなく、原告が右許可を得た上でなした各賃貸借の解除の意思表示は正当というべきである。

なお、被告等は、原告の解除権行使が権利の濫用であると主張するが、原告が解除権を濫用したものと認めるべき証拠はないから、右主張は失当である。

五  次に、本件土地の占有状況について見るに、〈証拠省略〉によると、(三)の土地は被告裏野が昭和二九年二月頃から被告会社に材料置場として使用させており、(一)の土地は被告裏野が、(二)の土地の残余部分は被告宮内がいずれも昭和四二年春頃から耕作していることが認められる。

六  以上によれば、被告谷口、同宮内はいずれも賃貸借の終了に基づき、被告谷口は(一)の土地を、被告宮内は(二)の土地をそれぞれ原告に明渡す義務があり、また被告裏野、被告会社はいずれも不法占有者として、被告裏野は(一)、(三)の土地を、被告会社は(三)の土地をそれぞれ原告に明渡す義務がある。

そこで、損害金の請求について考えると、原告は、本件土地全部が解除当時既に農地性を失つていたこと、原告が返還を受けた場合は直ちに宅地として利用できることを理由に、宅地としての賃料相当額の損害金を請求すると主張している。しかし、農地が休耕のため荒廃し、また多少の盛土程度のことがなされたからといつて、直ちにその農地性が失われ宅地に転換したとすることは相当でなく、本件土地も農地としてその賃貸借解除の許可をえたものであるのみならず、前記のとおり本件土地は(三)の土地を除き昭和四二年春頃から引続き耕作されており、(三)の土地についても、盛土されて材料置場に使用されてはいるものの、本来は(二)の土地の一部に過ぎず、右の程度の使用状況からすればこれと一体として利用されるべき土地として農地というを妨げないというべきである。そして、右耕作の権限が契約の終了又は不法占有のために原告に対抗し得ないものであるとしても、本件土地が現に農地性を有して宅地転用の許可もない以上、原告がその占有によつて被る損害は、先に認定したような過去の耕作放棄の事実、ないしは原告がこれを利用する上での期待的利益の如何にかかわらず、農地としての賃料相当額をこえないものと解するのが相当である。なお、〈証拠省略〉によると、本件土地は固定資産評価格の上では昭和四一年度以降雑種地ないし現状宅地として取扱われていることが認められるが、この事実は右の判断の支障となるものではない。

しかして、本件土地の農地としての統制賃料額が年額一〇アールにつき昭和四二年八月三一日までは金一一一〇円、翌九月一日以降は金四、四四〇円であることは当事者間に争いがなく、右額と本件土地の実測面積に基づいて損害金の額を計算すると、別表〈省略〉B損害金一覧表記載のとおりとなるから、被告谷口は(一)の土地につき、被告宮内は(二)の土地につき、被告裏野は(一)、(三)の土地につき、被告会社は(三)の土地につき、いづれも賃貸借終了後ないし不法占有開始後の昭和四二年六月一日から右各土地明渡済に至るまで、同表記載の損害金を原告に支払う義務があるというべきである。(なお昭和四五年五月の農地法の改正により旧農地法第二一条の小作料統制の規定が廃止されたが、その後の本件土地の農地としての賃料相当額を認めるに足りる的確な証拠はない。)

第二乙事件について

一  被告宮内主張の請求原因第一項の事実〔編注・乙事件被告大阪府知事が、原告橘の申請に基づき、原告橘と被告宮内との間の本件(二)の土地の賃貸借契約の解除を許可した事実〕は、当事者間に争いがない。

二  同被告は、被告大阪府知事のした(二)の土地の賃貸借解除についての許可処分は違法であるというが、被告宮内が(二)の土地につき永小作権を有していたとの点は、証人宮内久太郎の証言中これに符合する部分は措信できず、甲事件について認定したとおり賃借権であつたというべきであり、また(二)の土地の一部である(三)の土地の賃借権を原告に無断で譲渡したこと、及び残余部分の耕作を数年間放棄していたことが農地法第二〇条第二項第一号に該当するものであることは、先に甲事件について判示したとおりであるから、右許可処分には何等違法はないというべきである。

三  そうすると、右許可処分の取消を求める被告宮内の請求は、理由がない。

第三結論

よつて、甲事件についての原告の請求は、被告谷口、同宮内、同裏野、被告会社に対し関係各土地の明渡しと前記認定の損害金の支払を求める限度で正当として認容するがその余は失当として棄却すべきであり、乙事件についての被告宮内の請求は、失当として棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用した上、主文のとおり判決する。

(裁判官 黒川正昭 青木敏行 塚原朋一)

別紙〈省略〉

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